私が望むこと

命あるものはすべて、生まれた瞬間から、いつか死という形でこの世を去る運命にあります。
赤ちゃんが生まれたとき、喜びと感動に包まれながら立ち会う人々の中で、いつかは訪れる死のことを思う人はほとんどいないでしょう。
昨日亡くなった90才の老人に、赤ん坊だった頃があるとは、誰も想像しないのと同じです。
海外旅行に行くこと、希望の大学に入学すること、憧れのアーティストに会うことなど、人間は、さまざまな夢を抱き、将来の計画をします。
夢は、かなうことも破れることもありますが、死だけは、間違いなく、誰にも訪れるので、そのときの準備をしておくことは、非現実的でもなんでもなく、大切なことだと思います。
昨今、葬儀にお金をかけず、身内だけで、ひっそりとお葬式をしたいという人が増えているようです。
これは、必ずしも、不景気だけの影響ではなく、葬儀とは何かということをあらためて考え直す人が増えてきたからでしょう。
私が生まれたときに喜んでくれた人たちは、私が死ぬときは既に向こう岸に渡っていると思いますが、見送ってくれる側の人は、生前、親しく心を開いて交流していた人だけでいいと思っています。
血がつながっているかどうかには、こだわりません。
葬儀は簡素にして、少数の好きな人に囲まれ、好きな音楽が流れる中で、静かに見送られたいと思います。

急な不幸に際して

母が急に倒れたとき、まさか葬儀のことまで考えたりしませんでした。
救急車を呼び病院に緊急入院して、入院の手続きをして・・・と、バタバタとしました。
でも、それは入院のバタバタだったのです。
しかし、それはすぐ葬儀のバタバタへと変わっていしまいました。
現実を受け入れる余裕も悲しむ余裕もなく、病院は葬儀社の手配をどうするか家族に問いかけます。
病院は葬儀社の方と普段から連携が取れているようで、紹介してくれました。
その葬儀屋さんを選んだ理由はそのような経緯によるものでしたが、とても親切で丁寧で大変助かりました。
もちろんプロですから、我々にとっては非常事態でも慣れている作業なんでしょうが、こなれた感じを与えるでもなく、とても丁寧にいろいろ教えてくださいました。
残された家族の心情に配慮した言葉使いや物腰で接してもらえて、今にして思えばとても良い葬儀屋さんに当たったなと思います。
急な出来事ですので、頼れる人がいると大変助かります。
本当はこんなことは考えてはいけないことなんですが、父のときもお願いしようと思ってしまいました。
父も自分のときは、ここでお願いしたいと言ったときは内心ほっとしました。
でもそう思えるところに巡り合って良かったなと思います。
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